内田樹著「こんな日本でよかったね」
Basilico,08年7月。
著者流の構造主義は、それなりに面白い。
構造主義は歴史主義、進歩主義を嫌悪する。
構造主義は、人の行動を律するのは主体だとする
近代主義を採らず、構造が人を律するとする。
著者は白川静の漢字学を信奉し、儒教の葬礼が
日本社会を律するものとして重要だとする。
著者は自身を機能主義者と規定。
原理主義者が、無限に資源が存在すると想定して、
最高のものを追求するのに対して、機能主義者は、
世界、時間、資源が有限だと認め、ましなものを求める。
格差社会とは、著者流には、お金の全能性が過大
評価され、金銭が人人を序列化するための、唯一
の物差しと化した状況。
それに対して、政府が所得再分配をして、お金に
恵まれざる人を援助することは、お金万能幻想を
強化するだけで、余り意味が無い、とする。
続き。
格差問題解決を政治に期待するよりも、各人が、
お金とは別の基準を駆使して、お金の乏しさを苦にせず
に日日を楽しく過ごすのが良い。
現在の学力低下、学習意慾衰退の背景となるのは、他人
からもたらされる不快、苦役を忍耐することが労働だ、
とする思想、と著者は指摘。
それは厄人の思想。厄(役)人は、価値や商品を生み出す
ことは無いけれど、自己抑制して勉強して試験に通り、
地位を得て、業務をこなす。
そのことへの補償として給料を得る。
経済学の教科書に無い、変な思想だけど、
今の生徒、若者たちは、その思想を応用する。
勉強の成績が凡庸でも、勉強の苦痛を忍耐したならば、
補償されるべきだ、とする。
それで暴れるとか、いろいろな問題行動をする。
社会福祉を誤解して、補償をよこせとする。
苦を避けるための工夫は、各人がせねばならず。
その三。
著者は格差社会論(左翼思想)の無効を指摘。
格差社会の敗者、下位者は、自己肯定、慰めの理窟を持つ。
自分たちだけが、社会矛盾を正確に認識する、と。
その知識の優位?を守るために、社会の底辺に停滞する。
公式通りの革命が出来ずとも、困ることは無い。
社会改革の必要を主張する人たち「マズゴミ」等は、格差の
悲惨さを告発して、自分たちの言説を商品化すれば十分。
本心では社会改革、問題解決を望まず。
本当に改革が実現したら飯の種が無くなる。
左翼思想は、貧者の幸福、の古代宗教の説を継承したもの。
愚考するに、正しい思想を楽しくして商品化し、他人と共有
されることが重要。自分だけが正しい、として独善引きこもり
自己満足になるのは駄目。
その四。
著者は、教育では、勉強等の過程の快楽、
知識、技能習得、向上の快楽を生徒に体験させることが、
目標設定よりも重要、とする。
その定義に照らして、今の日本の教育、教師は悲惨。
生徒たちに不機嫌を伝達し、感染させるだけ。
著者は、適性、適職を過剰に問題にする近年の風潮に
疑問を提示。
それは、就職情報産業の利潤追求に利用されるだけ、とする。
著者はこの件に関し、個性、適性よりも、近代流汎用性の
価値観に軍配を上げる。
Police官僚や政治家が適職、と自己診断する著者は、
本来不適格なFrance文学研究者としての生活を肯定。
▲著者は、男女雇用均等法の本質を看破。
男女平等化の美名に隠れて、労働者の均質化を進め、賃金
を引下げることだ。それがGlobal資本主義の策略。
著者は、労働者が工場生産される様になり、自由な生殖行為
が禁止される悪夢を語る。
著者は、多くの種類の願望を抱くことが、願望実現性を高める
と語る。
著者は、この本でも日本辺境論を語る。著者は、21一世紀半ば
に、日本が百年前(1950年頃)の状況に回帰することを期待。
その状況をfeminism共産主義社会として理想化。
著者は千九百五十年生れ。