関裕二著「なぜ日本と朝鮮半島は仲が悪いのか」php。
日本古代史研究家の立場からの論考。全てはKorea起源だと
するあちら側の主張を、日本は鷹揚に受け止めねばなるまい。
日本は文明の吹き溜まり。文明を他地域に受け売りすること
が無い。それが日本の思想に影響した。
最新の研究では、日本での稲作の起源は紀元前10世紀にまで
遡る。縄文時代と弥生時代の境界が曖昧化。
日本からKorea半島に土器が輸出された。魏志倭人伝に記述
された海の民は縄文人だ。
倭人は鉄資源を求めてKorea半島に侵攻した。初代神武と十代
崇神はともに「ハツクニシラス」だけど、同時代の別人。
神武と十五代応神が同一人。天皇は敗れた出雲神の末裔。九
州南部に逃れて雌伏。そして東征復権。
崇神は「ニギハヤヒ」だ。天皇は祭祀王。武力征服者にあらず。
外来勢力による武力制圧は無い。騎馬民族説は外れ。考古学が反証。
纏向は柵や堀が無い。非軍事都市。秦氏が大陸秦から半島韓
(新羅)に逃れ、さらに日本に渡来した可能性はあり得る。
丹後は半島から鉄を入手して勢力強化。近江や東海を傘下に収め、
前方後円墳を広めた。
西国勢力は、それを封じ込めるためにために「ヤマト」を建国。
敗れた丹後連合は南九州に逃げた。
「スサノヲ」と「アメノヒボコ」は類似する。同一人物の可能性あり。
伽耶出身(伽耶が新羅に併呑されたので、新羅出身とも記される)
親百済(反新羅)の日本書紀は正体をぼかした。蘇我氏は百済一極
外交を否定し、多面外交をした。
中臣鎌足こと百済王子豊璋は、蘇我氏支配状況で不利な立場に
置かれた中大兄皇子にすり寄り、蘇我氏を打倒させた。
続き。
中臣鎌足こと百済王子豊璋のお蔭で、日本は無理な百済救
援、白村江の戦をやらされ、惨敗して危機に立たされた。
その後中臣改め藤原氏は、半島人らしい権謀術数を駆使した。
日本には遺伝子、人種面で弱い人や逃げのびた人びとが集
結した。
高野信夫説、黒人→白人→黄色人、を紹介。白人は白子。
突然変異による色素脱落。
白人は被差別者としてAfricaから追出された。これと同じ説
の岸田秀さんを引用。
運動能力で見れば、白人は黒人に劣り、黄色人は白人にすら劣る。