佐藤優、山内昌之著「大日本史」文春新書。
山内、鎖国による一国平和主義の日本は、隣の大国での阿片戦争で、
想像力で危機感を膨らませ過ぎて、過剰に反応した。
黒船に屈服して開国、の世界史で稀な事件が発生した。
Perry提督は、石炭産地としても日本に注目した。
佐藤、1848年の琉球米国修好条約は無視し難い。当時USAや列強諸国が琉球を
独立国として認めた。
USAは実用主義pragmatismの国。非合理性の認識、浪漫主義が不足。
(USAは、お金を介した、資本主義での合理主義。Soviet共産主義の理性合理主義
とは相違したけど、やはり徹底した合理主義と見られる)
USAの明白な使命manifest destinyは自覚無き帝国主義だ。
欧州は自覚して帝国主義を実行したけど。USAは自国の思想を人類普遍のもの
と信ずる。内村鑑三や新島襄は、USA留学で、人種差別等の不快な体験をした。
山内、南北戦争時、USAは南部が綿花輸出のために自由貿易論、北部工業地域
は欧州に対抗するために保護貿易論。
佐藤、その様な歴史を見れば、自由貿易が普遍の正義ならざることが分る。
山内、南北戦争でのLincolnの都市焼き討ち攻撃は、第二次大戦での大都市空襲
攻撃に通ずるもの。
佐藤、Franceを頼りにして徹底抗戦するよりも、敗北を選択した徳川慶喜は、
他国の例に比べて特異だ。戦前の日本の国会議員は、中央官庁の局長級に過ぎず。
大久保利通は富国を強兵よりも優先させた。西郷は富国と強兵、同時進行論。
山内、日本は対英同盟の前に、1900年の義和団事件で能力を認められた。
佐藤、昭和日本陸軍が無責任化した理由の一つは、Germany参謀本部を真似たこと。
USAは日露戦争で、調停者として太平洋に本格進出した。
日本は、海洋国家の最大の脅威は、別の海洋国家(つまりUSA)だ、の地政学公式を無視した。
日本には世界征覇戦略が無く、Panama運河航行不能」の、大き過ぎる戦艦大和を建造した
続き。
佐藤、天皇機関説問題の一要素は、蓑田胸喜の怨念。蓑田は東京帝大に
学者として残ることに挫折したのを苦にした。
山内、1936年2・26事件は世界史でも突出したもの。城山三郎が、小説
「落日燃ゆ」で広田元総理を美化するのは疑問。
広田のChinaへの先入観、偏見は疑問。外相としての外交方針も疑問。
広田を肯定した米内元海軍大臣、元総理も疑問。
佐藤、重光元外相(孫崎元大使が絶賛する)は、Sovietとの北方領土交渉での
ぶれ方を見ても、自己中の駄目な人。幣原外交はまとも。
幣原は聡明な帝国主義者。外交の本質、勢力均衡を理解した。
山内、大島浩一元大使が進めたGermanyとの同盟路線は非難されるべき。
佐藤、Hitlerの人種差別、対日偏見を何故無視したのか。松岡洋右元外相の、
日独伊足すSovietの4国同盟構想は学者の発想、日本の基礎体力を無視した
無理なもの。
山内、昭和帝は、終戦に際して羅馬法皇庁との関係が重要になると想定した。
東條英機は首相の器にあらず。
佐藤、日本は合理性ある敗戦をした。Germany、Italyはそれに失敗した。
戦後天皇の人間宣言は、否定神学。山内、昭和帝は、Darwin、Lincoln、
Napoleonの肖像画を飾り付けた。
佐藤、戦後天皇は、収縮して新たな力を得た。日本外務省は右翼国家主義者
の集団。(非主流派元職員による評価にしても、違和感大)
自らが國體の守り手だとの自負(妄想?)を持つ。憲法よりも日米安保条約の方が重要。
条約局が重要。それこそAmerican school。宮内庁に、外務省出身者が多い。
山内、国内野党政治家や、一部憲法学者は、憲法9条を、国際法を超越したもの
にする。浪漫主義解釈をする。
幣原元外相は、嘘の無い非戦論者としてMacArthurに信頼された。
佐藤、日本は「今昔物語集」式の世界の分け方を、今でも継承する。山内氏が、
刑事被告人董事に佐藤氏に関して、検察に公平な供述をしたことに感謝。
他の学者どもは、検察に迎合した。