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伊租甫の忍者blog2号

無縁孤独死は本来の仏教に合致

島田裕巳著「人はひとりで死ぬ」NHK出版新書、11年一月。
葬式無用化に関してと同様、無縁社会化に関しても歴史
の必然とし、背景を解説し、対応を考察する。
今の日本では死そのものよりも、死に方への恐れ、孤独死
への恐れが問題。
無縁を肯定し評価した日本史学者網野善彦を紹介し、今の
日本人が、無縁化に関し、政治行政を責めつつ、体制に依存
することに、著者は苦言を呈する。体制迎合、保守化だ、と。
生きる力の衰弱?大きな政府に期待するのは左翼では?
戦後に拡大した新たな縁の一つが創価学会。学会等の新興
宗教は、低学歴庶民の受け皿として機能した。
学会は日蓮系で、他宗派や神道を排撃し、排他性が強い。
非elite庶民派。(その学会が名門世襲主義で、国家神道cult
に支持される自眠党と連立政権を組むのは矛盾に見える)
著者の推計では、実際に活動する現役学会員は250万人。
年金や福祉が高齢者単身世帯を増やした面もある。福祉を
止めれば家族復活、でもそれは暴論。
土葬では墓石を立てず。火葬が普及して、墓石が一般化した。
年忌法要が廃れる傾向。最近は一周忌か三回忌で終りにする
ことが多いとされる。80歳、90歳で大往生した人には年忌、
追善法要は不要、の思考もあり得る。
日本の村社会は、著者の定義では、近世都市化に対応して
成立、現代まで約五百年の歴史。でもその村社会は今や
ほぼ崩壊。
本来の印度思想や仏教は、無縁死を肯定するものだ。日本の
村社会は全員一致を原則とし、多数決はしこりを生むとして
好まず。
盂蘭盆経が盆の行事の起源だけど、印度と無関係、China製、
儒教思想の影響が濃い。


戦後の都市化は農家の次、三男坊が主導、村社会、有縁社会
からの離脱、自由の意味が含まれた。
嘗て無縁化を肯定した日本人が、今さら無縁化を行政に対して
何とかしろと要求するのは矛盾だ。
すべての死は無縁死だ、形の上での差異、孤独死か、家族に看
取られるか、は余り意味が無い。


(孤独死は悲惨だと煽る人も居るけど、孤独死を恐れる必要
はあるまい。ただ、次世代に何を残すかを、各人なりに工夫す
るのが良い)
嘗ての村社会よりも、自由で風通しの良い社会が望まれるけど、
それがどの様なものかは、現状では不明確。
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