Global資本主義浸透、構造改革、貧富格差拡大で、恋愛から落ちこぼれる若者が増大。若者の多くは、恋愛はCost performanceが悪い、の論理で断念。
貧富格差や恋愛格差、結婚格差を、自己責任論ともども受入れる。恋愛や結婚は今や富裕層上級国民限定の贅沢。
企業も、所謂保守政治勢力も、草食化、淡白化する若者を腐しながら、事態好転させること無く、外国移民労働に頼る安直策に堕落。
似非保守派には、恋愛するには教育が必要、の認識すらない。本能が壊れた生物たる人類は、本能で恋愛することは出来ず、恋愛教育を施されねばならず。
一般人民は生きるための労働に忙しく、恋愛学習する暇も時間も無い。日本似非保守勢力は、近代化に際して、基督教流純潔思想を、基督救世主思想と切離して輸入した。
本能による恋愛が可能と誤認し、恋愛を社会再生産可能な程度に抑制、教育勉強と恋愛を切離す。勉強優先、出世優先、恋愛や結婚は後回し。
20世紀後半、Global化で出世のわくが絞られ、中流以下の貧困化格差拡大が進むにつれ、中層以下の労働者が結婚生殖から脱落させられ、出生率低下、実質優生主義化。
西洋近代では、古来宗教流恋愛抑制に抵抗する自由恋愛、浪漫主義も試みられたけど、近代日本での浪漫主義自由恋愛はほぼ泡沫勢力。
Global資本主義流恋愛論は、近代大衆流、横並び式結婚や見合婚を潰し、恋愛を正義化、結婚を高嶺の花に引き上げ。
庶民としては、恋愛結婚がほぼ不可能な中、恋愛よりは薄い関係、友人関係構築、顧客確保で何とか生き延びねばならず。
脱globalism、移民受け入れ抑制、社会混乱抑止の流れが各国に広まりつつあるけど、近代大衆社会、皆婚状況に戻るのは不可能。
地球環境破壊抑止のためには、移民搾取による無理な経済成長を止め、当面出生率低下状況を甘受するのが良い。